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「ヘルスライフビジネス」紙のオルトの記事

 「ヘルスライフビジネス」紙(6月15日号・7月1日号)にオルトと私のことが載っています。

 記事は「ヘルスライフ」の創業オーナーで今も主幹をやっている木村忠明さんの連載「私の故旧 忘れ得ぬべき」の第101回、第102回です。
 記事よると、米国でベストセラーになったアール・ミンデル博士の「ビタミンバイブル」が翻訳され小学館から出版されたのをきっかけに、我が国にもビタミンブームが起こり、西武百貨店が池袋本店の地下に「バイタミンコーナー」をオープンしましたが、そのメインの棚に、「ビタミンバイブル」と一緒に、展示・発売されていたのが「ビオスバイタミンB」というオルトの商品で、これがその後の我が社の成功のきっかけになった、というものです。
 「ヘルスライフビジネス」のような業界紙とはいえ高名な新聞に取り上げられることは、本当に有難いありがたいことでありまして、それ以来色々なところからアクセスが増えているように思います。。
 木村さん、本当にありがとう。
 
 有難いからこそ、若干の間違いについては木村さんにもご連絡の上、、若干訂正いただくことにしました。
 
 その一つは、当時の朝日新聞社社長 渡辺誠毅さんのお名前のことです。
 記事では<正毅>となっていましたが、当然<誠毅>です。
 私が木村さんのところを初めてお尋ねしたのは、記事によると、誠毅さんの実弟 渡辺正雄先生のご紹介ということであります。その時渡辺先生は
 「兄貴の紹介だからよろしく。力になってやってくれ」と、おっしゃってくださったようです。
 渡辺誠毅さんとのご縁は、記事によれば、学生の時、劇団で演出をしていた私は、演出では食えないので、「週間大衆」の記者をやっていました。そのころ、たまたま朝日新聞社内の極左の起こした事件を取材し執筆した記事で(版元の会社の社長賞をもらいました)、当の渡辺誠毅さんからもお声がかかって、それ以来、家族ぐるみで可愛がっていただくようになっていました。記事は結構カラクチで、決して朝日をヨイショしたものではなかったのですが。
 スケールの大きな方だったのだと思います。
 
 次に二つ目は、私がサプリメントの世界に入るきっかけに関わることです。
 第102回の記事の下から三段目に
 「仕事が減ったころ、青山さんに地方自治体から高齢者に関係した企画書の依頼が舞い込むことになる」と、あります。
 私が地方自治体の広報の仕事をしていたことは事実ですが、それはサプリメントの仕事を始めるずっと前、オルトを創業するはるか以前のことです。
 私は週刊誌仲間と始めたばかりのJICC社(後の宝島社)で、記事や出版受託の営業の仕事をしていました。そこで呱々の産声を上げたばかりのJICC社が、離陸していくきっかけとなったのは間違いなく、自治体のの広報の受託であったと思います。ただしオルトではない。
 なお自治体の仕事も向こうから依頼が舞い込んできたというものではありません。どうやって食べていったらいいか、考えに考え詰めていたころ、ある年の正月の新聞の小さな記事から閃いたアイディアでした。
 
 三つ目に、同じ記事の下から二段目に
 「この頃(自治体の仕事をしていた頃、という意味なら間違い)、カルシュウムをまぶしたお米の事業と出会う。これが健康食品の事業に発展することになる」とあります。
 半分は本当ですが、ここはまさにオルトの創業に関わるところですから、もう少し正確を期したく。
 創業前からの私の友人の一人に、ジーンズにテンガロンハットが妙に似合う自称「発明家」がいました。その彼が持ち込んできた「カルシュウム米の発明」なるものが我が社の創業の切っ掛けでした。彼は、(当然私も)、この「発明」で一山当てるつもりだったが、残念ながら持ち込まれた私のほうの「力」不足で、私らはこの一連の「カルシュウムプロジェクト」からわずか数年後、少なからざる負債を負って敢え無く撤退することになります。
 しかしながらこの撤退の悪戦苦闘の中、81年我が社(と私自身)にとって、決定的な転機が訪れます。それが渡辺正雄先生との出会いでした。
 実兄の渡辺誠毅さんのご紹介で、年末千駄木の正雄先生の事務所を始めて訪問した時のことは一生忘れられません。
 その時正雄先生は、だれもが知るあの大きな目で、瞬きもせず初対面の私の眼の中をじーっと覗き込み、(まるで「デミアン」ではないか)、一言
 「心を入れ替えて取り組まないとだめだよ、健康の仕事は」と、おっしゃいました。
 今40年近くたって、あの時先生が「心を入れ替えて」とおっしゃった意味が少しはわかる、と思います。
 あの時先生は
 「人の健康にかかわる仕事は単に一山当てようという浮ついた考えでやったらだめだよ」とおっしゃったのだ。
 
 「ヘルスライフビジネス」の記事に木村さんが書いてくれていた、その後のオルトの成功の切っ掛けになったという「ビオスバイタミンB」などの一連の開発は、この渡辺先生のご指導で翌年から翌々年にかけて行われることになります。
 木村さん、本当にありがとう。

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