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他山の石

 首相のの最大の功績は、何と言っても私たち企業経営者にも、トップとはどうあるべきか、トップはどうあってはならないか、ということを篤としっかりお教えいただいたことだろう。
 こういうのを「他山の石」というのか、「反面教師」というのか。
 あるいは「○○のふり見て我がふり直せ」というのだろうか。
 ともあれトップたるもの、ペラペラペラペラと勝手に喋りまくってプイと横を向いてしまう仕草とか、「はっきり申し上げたい」とか、「断じてありえない」とか、「一切関わっていない」とか妙な断言命題に力瘤を入れるとか、やたら「改革」とか「革新」とか「チャレンジ」とか軽い言葉を多用するとかは、しない方がいいなー、と教えられるのである。
 一国の首相と一私企業のトップとでは全く比らぶべくもないのを承知の上でいうのだが、私なんかがトップとして社内外に心がけていることの一つは、間違ったことに気づけば自ら訂正し必要なら謝罪もするだろうということ、また自分と違う意見があれば特に尊重しよく耳を傾けてその真意を知ろうとすることである。(本当にできているか!?)
 経営会議で決議すれば自分の意見を押し付けられるなんてゆめゆめ考えられない。
 閣議決定とやらで「○○は私人である」とか、「<そもそも>の語義は○○だ」とか、シロをクロと言いくるめるようなこと、まことにおぞまししいではないか。

 首相の二つ目の大きな功績は、我が国の保守と革新についての永年の謎にようやく答えを出してくれたことだ。
 我が国ではここ四半世紀、革新=ヒダリよりの人たち、保守=ミギよりの人たちという図式の常識が全く通用せず、むしろミギよりと思われる人たちが革新とか改革とかを声高に唱え、従来ヒダリと思われていた人たちがむしろ保守的に抵抗したり、という典型的なネジレと思われる現象が何故か起こっていた。
 端的に言って私たち企業経営者であって都市生活者であるものは、どちらかといえば改革支持派だけどヒダリとはいえない。
 首相の存在はミギより、それもかなりウルトラなミギの人たちが実は最もグローバルな改革派であることを身をもって証明してくれた。
 そのことによって改革派はミギにもヒダリにもいるということ、同様に保守派もミギもヒダリもいるということを教えてくれている。
 したがってこと改革か保守かという軸で見るなら、従来のミギとかヒダリとかいう分類は無意味になることを首相は教えてくれたのだ。
 実際、私たち企業経営には、改革や革新は不可欠だし、商品開発はイノベーションそのものだが、それはミギヒダリとは関係がない。

 三つ目に、ほんの数ヶ月前70%をこえていた首相の圧倒的支持率の高さと一体何であったのか。
 いまやどの世論調査でも30%前後。この間、40数%の方々は一体どこへ行ったのか、特に若年層と女性層は。
 ここでもミギとかヒダリとかいう従来の分類はあまり役に立たないかもしれない。
 この40%もの方々の大部分はいわゆる無党派層で、10年足らず前、野党政権を支えた方々だろうと思われる。
 はっきりしているのは改革支持派(憲法改正も含めて)であっても、首相の下でのこれ以上の改革・改正を望まない、という人たちが圧倒的に増えつつあるということではないか。
 そのことによってであろうか、ヘイトの声が一時より低くなっているようにみえるがいいことだと思う。
  
 
 
 

 

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